あなたの車のエンジンは、いまこの瞬間も「2000度の地獄」を何度もくぐり抜けている――。
それでも壊れず走り続けられるのは、ある“知られざる冷却の仕組み”が働いているからです。
しかしその仕組みを少しでも誤ると、
エンジンは静かに、そして確実に寿命を縮めていきます。
かつて車は空冷だったのに、なぜ今は水冷が当たり前なのか?
なぜ冷却水を間違えるとエンジンが破壊されるのか?
そして、なぜ整備士は「LLC交換だけは絶対に軽く見るな」と警告するのか?
実は、車の“冷却システム”には、一般のドライバーがほとんど知らない、
驚くほど精密で、奥深いメカニズムが隠されています。
あなたの車を長く、強く、安全に走らせるために――
知っている人だけが得する「冷却の真実」を、今から明かします。
Contents
- 1 ■ なぜ現代の車は「水冷式」なのか?
- 2 ■ 水冷エンジンの仕組み:エンジンの外側には水の通路がある
- 3 ■ 冷却水「LLC」とは?水道水ではダメな理由
- 4 ■ 冷却水交換は整備工場に任せるべき理由
- 5 ■ 冷却水は毒物。絶対に飲まないこと
- 6 【まとめ】
- 7 【専門的補足①】空冷式が廃れた本当の理由は「熱マネジメントの限界」
- 8 【専門的補足②】水冷式が「燃費・排ガス」に強い理由
- 9 【専門的補足③】LLCの濃度と「沸点上昇」の関係
- 10 【専門的補足④】LLCの“寿命”が来るとどうなるのか
- 11 【専門的補足⑤】エア抜きを失敗すると何が起きる?
- 12 【専門的補足⑥】電動ファンの制御は昔とは別物になっている
- 13 【専門的補足⑦】なぜ冷却水は“毒”なのか
- 14 【専門的補足⑧】近年増えている“電動ウォーターポンプ”とは?
■ なぜ現代の車は「水冷式」なのか?
かつては水を使わない「空冷式エンジン」の車も多く存在しました。
しかし現在、国産車では空冷エンジンの車は一台も販売されていません。
理由はひとつ。
空冷では現代の環境基準や燃費性能に対応できないからです。
● 空冷式の最大の欠点:燃料を薄くできない
環境対策や燃費向上のため、エンジンは「燃料を薄く」して燃焼させる方向に進化してきました。
しかし燃料を薄くすると、燃焼温度が高くなり、空冷ではその熱を十分に逃がせません。
-
燃焼温度の上昇
-
エンジンが冷えにくい
-
排ガス(HC)削減がしづらい
このような理由で、空冷式は現代の要求に合わなくなっていきました。
最後まで空冷にこだわった代表例が1997年までのポルシェ。
しかしそのポルシェでさえ、最終的に水冷に移行しました。
これは、空冷では達成できない性能・排ガス規制への対応が必要だったためです。
■ 水冷エンジンの仕組み:エンジンの外側には水の通路がある
エンジン内部には「ウォータージャケット」と呼ばれる、水が通る空間があります。
ここに冷却水が流れることで、エンジンを効率的に冷やす仕組みです。
水冷エンジンの基本的な冷却サイクルは以下の通りです。
● 冷却水の流れ
-
エンジンで温められた冷却水がラジエーターへ送られる
(サーモスタッドが開いている時) -
ラジエーターで風を受けて冷却される
-
冷えた冷却水が再びエンジンへ戻る
走行中は走行風がラジエーターを冷やしますが、停止時は電動ファンが作動して風を送り、冷却性能を保ちます。
● サーモスタッドとは?
冷却水の温度に応じて「開閉」する弁のこと。
-
冷えている → 閉じる(ラジエーターを通さない)
-
暖まっている → 開く(ラジエーターで冷やす)
これによりエンジン温度を一定に保ちます。
■ 冷却水「LLC」とは?水道水ではダメな理由
冷却水には単なる水ではなく、**LLC(ロングライフクーラント)**が使用されます。
主成分はエチレングリコールというアルコールの一種。
これには以下の効果があります。
-
冷却水の凍結温度を下げる
-
冷却水の沸点を上げる
-
ラジエーター内部を腐食から守る
● LLC濃度と凍結温度の例
| LLC濃度 | 凍結温度 |
|---|---|
| 30% | -15℃ |
| 40% | -24℃ |
| 50% | -36℃ |
| 60%(最適) | -54℃ |
濃度を上げすぎると逆に凍結温度が上がるため、60%前後がベスト。
● 補充は必ず「精製水」で
水道水だとミネラル成分が残り、ラジエーター内部を痛めます。
必ず精製水か、すでに希釈済みのLLCを使用しましょう。
■ 冷却水交換は整備工場に任せるべき理由
冷却水は「消耗品」です。
放置すれば酸化して錆を発生させたり、冷却性能が落ちたりします。
そして、交換は自分でできなくもないですが…
-
車をリフトアップした方が作業がしやすい
-
冷却ラインに空気が残ると、ヒーターが効かなくなる
-
エア抜き作業が意外と難しい
以上の理由から、整備工場に任せる方が安全です。
■ 冷却水は毒物。絶対に飲まないこと
エチレングリコールは飲むと腎不全を起こし、最悪死に至る毒物です。
● 誤飲した場合の応急処置
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口をよくすすぐ
-
水を多く飲ませて吐かせる(※意識がない場合は NG)
-
すぐに医療機関へ
また、蒸気の吸引も危険なので注意してください。
廃棄は川などに流さず、必ず適切に処分しましょう。
【まとめ】
現代の車が水冷式を採用するのは、性能・安全性・環境基準のすべてを満たすためです。
冷却システムはエンジンの寿命に直結する重要な要素。
LLCの管理や交換を怠らなければ、車は長く快適に走ります。
【専門的補足①】空冷式が廃れた本当の理由は「熱マネジメントの限界」
空冷式エンジンの欠点は「冷えにくい」だけではありません。
最大の理由は、エンジンの温度を“狙った温度に”コントロールできないことです。
● 空冷式は温度制御が粗い
空冷式はその名の通り「空気を当てて冷やす」仕組み。
しかし外気温や車速による冷却量の差が大きく、
-
冬:冷えすぎ
-
夏・渋滞:熱だまりで冷えない
といった問題が起こり、エンジン性能の安定化が難しいという課題がありました。
現代の車が求めるのは、
-
一定の燃焼温度
-
最適な燃焼効率
-
低排ガス
-
より高い出力・高圧縮比
といった精密な温度管理。
空冷ではもはや限界があり、水冷に移行したのは必然だったわけです。
【専門的補足②】水冷式が「燃費・排ガス」に強い理由
水冷式ではウォータージャケットを通る冷却水の温度を正確に管理できます。
これは近年の車に必須の性能です。
● 水冷式の強み:温度を「一定に」保てる
例えば…
-
燃焼温度が高すぎる → ノッキングが発生する
-
燃焼温度が低すぎる → 未燃焼ガス(HC)が増える
これらを防ぐためには、温度コントロールこそ最重要ポイント。
水冷式はその精度が圧倒的に高いのです。
特に近年のエンジンは、
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直噴
-
ダウンサイジングターボ
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高圧縮比
-
EGR(排気再循環)
-
アイドリングストップ
など、すべてが「温度管理ありき」の技術。
水冷が必須である理由がここにあります。
【専門的補足③】LLCの濃度と「沸点上昇」の関係
LLCを混ぜる目的は「凍らせない」だけではありません。
より重要なのは “沸騰させない” こと です。
冷却水が沸騰すると、
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冷却経路に気泡が発生する(ベーパーロック)
-
熱がうまく逃げない
-
局所的にオーバーヒートが起きる
という危険な状態になります。
● LLCを60%推奨する理由
水100%の場合、沸点は100℃ですが…
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LLC 50% → 約108℃
-
LLC 60% → 約112℃
さらに、冷却システムは「加圧式」のため、実際には120℃以上まで沸騰しません。
これが現代の高効率エンジンを支える基盤になっています。
【専門的補足④】LLCの“寿命”が来るとどうなるのか
LLCは長期間使うと分解が進み、冷却ラインに悪影響を与えます。
● LLCが劣化すると…
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防錆成分が減少 → ラジエーター・ウォーターポンプに錆
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pHが酸性寄りに → 金属腐食が進む
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冷却性能が低下 → 夏場にオーバーヒートの可能性
特にアルミパーツは酸性に弱いため、欧州車では冷却水管理がさらに重要です。
一般的には…
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国産車:2〜5年
-
欧州車:2年ごと推奨
というのが交換目安です。
【専門的補足⑤】エア抜きを失敗すると何が起きる?
冷却水を交換した際、冷却ラインに「エア(空気)」が残ると以下のトラブルが起こります。
● エア噛みの症状
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ヒーターが効かない
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水温計が急上昇する
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冷却水が循環しない
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オーバーヒートする
特にエンジン上部に空気が溜まると「ウォーターポンプが空転」し、熱が逃げません。
これがエンジン破損に直結するため、整備工場での交換が推奨されます。
【専門的補足⑥】電動ファンの制御は昔とは別物になっている
昔の車は「水温が一定値を超えたらファンON」という単純制御でした。
しかし現在の車はECUによって、
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エンジン負荷
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吸気温
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外気温
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車速
-
エアコン使用状況
など細かく判断しながら段階的にファンを制御しています。
これにより、
「冷えすぎも、熱すぎもない状態」を保つことができ、燃費と出力の両立が可能になりました。
【専門的補足⑦】なぜ冷却水は“毒”なのか
LLCの主成分であるエチレングリコールは、体内で代謝されるとシュウ酸に変化し、腎臓で結晶化します。
その結果、
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腎不全
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中枢神経障害
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最悪、致死
という危険性があります。
甘い味がするため、ペットや子どもが誤飲しやすい点にも要注意です。
欧米では誤飲対策として「プロピレングリコール」を使用するLLCも増えています。
【専門的補足⑧】近年増えている“電動ウォーターポンプ”とは?
最近の車では、エンジン回転数に依存しない電動ウォーターポンプの採用が増えています。
● 電動式のメリット
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冷却水の流量を細かく制御できる
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低負荷時は流量を減らして燃費改善
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停車後でも冷却を継続できる
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アイドリングストップとの相性が良い
ハイブリッド車やEVで使われるのもこれが理由です。